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お内裏様はお雛様の左側(3)

 本日2月11日は、日本の神武天皇が初代天皇として即位されたのを祝う、「建国記念の日」です。

 

 「11」の数霊が意味する「さあ、始めよう」にふさわしい日です。

 

 本来は、「建国記念日」と言いたいところですが、今から2675年前のことで、神武天皇が神話上の人物という議論もあって、日本ができた日を祝う「建国記念日」ではなく、日本という国ができたことを祝う「建国記念の日」として祝日制定されました。

 

 レオナ第二幼稚園に近い西阿知和町のアツワ神社では、のぼりを立て、巫女の舞を奉納し、建国を盛大に祝っていることがわかりました。

 

 建国記念の日の趣旨としての「建国をしのび、国を愛する心を養う」にとどまらず、日本は世界最古の国であるという誇りを持って日々生活したいものです。

 

 

 前置きが長くなりましたが、二字漢語の読み順を、自然の摂理である火と水の理で読み解くことにします。

 

 水の惑星・地球ですから、水の理(ことわり)としての水の循環を見てみましょう。

 

 

 水は、高きところから低きに流れます。 高こう→低てい

 

 水の流れ方は、上から下へです。 上じょう→下げ

 

 雨粒で言えば、天から地です。 天てん→地ち

 

 雨粒の落ち方は、天から縦に落ち、地を流れ、池・湖・海となって平らかに横たわります。 縦じゅう→横おう

 

 たった一粒の軽い雨粒が、降るごとに集まり、重く溜まっていきます。 軽けい→重ちょう

 

 溜まった雨水は、火の理により水蒸気となり、左巻きの気流で上昇して天に戻り、右巻きの気流で下降して地に至ります。

 

 ここに「左さ→右ゆう」と「上じょう→下げ」「天てん→地ち」が、合致します。

 

 

 これらの読み順と「男だん→女じょ」の読み順を重ね合わせることで、下記のような分類ができます。

 

 男 ー 高・上・天・縦・軽・左

 

 女 − 低・下・地・縦・重・右

 

 

 この分類で、舞台の左が上手(見物席から見て右の方)、右が下手と言うことが分かります。

 

 川上から流れゆく下手を見て、左側が左岸、右側が右岸というのも、自然の摂理に倣っています。

 

 武家社会で男が上座とか、上位とかいうようになり、男尊女卑が生まれたのかもしれません。

 

 女は重たいものという位置づけで、浮気女を尻軽女というようになったのも、ここからの派生かもしれません。

 

 また、地中深く縦に伸びる根を雄根(オス根)と言い、横に広がって伸びる根を雌根(メス根)ということも理解できます。

 

 さらに、天なる父、母なる大地という言い方も、よく分かります。

 

 

 以上のことから、自然の摂理に則り、お内裏内のお内裏様(男雛)は、お雛様(女雛)の左(ひな壇を見ての右)側の一番上に位置するのが、一番落ち着く場所であると思うのです。

 

 

 

 

 

posted by 園長 | 16:04 | 言の葉の世界 | - | - |
お内裏様はお雛様の左側(2)

 「わたしの体の余るところと、あなたの体の足らないところを合体させて、国を生もう」

 

 「それではわたしは、この御柱を左から回るので、あなたは右から回り、出逢ったところでまぐわうことにしよう」

 

 これは、日本最古の奈良時代にできた歴史書の『古事記』に出てくる伊邪那岐(男神)と伊邪那美(女神)の国生みに出てくる一場面です。

 

 もちろん、「わたし」は、男神の伊邪那岐で、「あなた」は女神の伊邪那美のことです。

 

 

 神話と言われる最古の歴史書から、きちんと「男ー左」「女ー右」と、自然の摂理を守っているのです。

 

 

 さらに話は続きます。

 

 出逢った時、女神である伊邪那美が「あなにやし、えおとこを(あなたは、なんていい男なんでしょう)」と先に声をかけ、続けて「あなにやし、えおとめを」と伊邪那岐が仰って合体したところ、生まれてきたのは不完全な水蛭子(ひるこ)でした。

 

 何が間違っていたかと、高天原に帰って天津神に尋ねると、「女神のほうから先に声をかけたのはよくなかった」と、その原因がわかり、指示に従ってやり直したところ次々に立派な国が生まれました。

 

 

 ここでは「男ー先(前)」「女ー後」ということを物語の中で伝えています。

 

 前後は、男、女の順番として重要であるということでしょう。

 

 

 こうして、対極にある左ー右(さーゆう)、男ー女(だんーじょ)、前ー後(ぜんーご)の音読みの順番にも自然の摂理に則って決まっているのではないか思うと、ほかの対比される二字漢語が気になってきます。

 

 

 すぐに、神ごとの所作の中に対比される二字漢語になるものを見つけることができます。

 

 神殿の階段を上(天)に上るには、左足左足と先行して、右足を添えていきます。

 

 また、階段を下りて地に下るときには、右足右足と先行して、左足を添えていきます。

 

 神前で二礼二拍手一礼の拍手するときの手は、左手をわずかに前にして打ちます。

 

 キリスト教の胸の前で十字を切るときは、縦、横の順に十字を切ります。

 

 この中にも、「左右(さゆう)」はもちろん、「上下(じょうげ)」「天地(てんち)」「前後(ぜんご)」「縦横(じゅうおう)」と、音読みの順に決まりがありそうです。

 

 

 さて、これらの二字漢語の読み順は、自然の摂理である火と水の理(ことわり)で読み解くことができるでしょうか?(つづく)

 

 

 

posted by 園長 | 15:30 | 言の葉の世界 | - | - |
お内裏様はお雛様の左側(1)

 レオナ両園とも、3月3日の桃の節供に向けて昨日の金曜日にはお雛さまを出しました。

 

 徳川美術館でも、本日2月9日から特別展として恒例の「尾張徳川家のお雛さま」が始まります。

 

 その時に一番大事にしているのは、お内裏様の位置です。

 

 現在、デパートで見るお雛さまだけでなく、人形店に飾られたお雛さまも、向かって左(お雛様から見て自分の右側)にお内裏様が置かれていることがほとんどです。

 

 でも、尾張徳川家のお雛さまは、お内裏様はお雛様の左に位置しています。

 

 レオナでは、それに倣って飾っています。

 

 

 なんで男雛(おびな)であるお内裏様が左なの?

 

 昔はそう決まっていたでは説明になりません。

 

 

 『暮らしのならわし十二か月』飛島新社には、現在の置き方になった理由が書かれています。

 

 「本来は左の上座(向かって右)に男雛、右に女雛、というのが正しいとされています。それが明治の頃、ヨーロッパの文化が入ってきて、左右を逆にするようにもなったとか。右手に剣を持ち、左手で女性を守るヨーロッパの習慣では、男性は右。それにならって日本でも、主に関東では、右に男雛、左に女雛とすることもあるようです」

 

 

 さてさて、本来の男雛(おびな)が左、女雛(めびな)が右はどうして決まったのか?

 

 納得のいく答えが出ていません。

 

 

 そこで、レオナでは、左(ひだり)と右(みぎり・古語ではミギリと読む)の語源から解釈しました。

 

 「ひだり」は、「足理」から、に立ち火の理(ことわり)を表します。

 

 「みぎり」は、「極理」から、りて極まれば、たわる水の理(ことわり)を表します。

 

 

 人が社会生活を集団で争いなく営む上には、常に決まった順序や順番が身分や貧富に関係なく必要です。

 

 大自然に生かされて生きていることを最も意識して暮らしてきた縄文の時代から、日本民族は自然の摂理から前後・左右・上下、そして男女の順番や位置を決めてきたと思われます。

 

 

 今一度、左と右を語源から解釈してみましょう。

 

 「ひだり」は、「霊垂理」で、生命の雫(しずく)をからに垂らす。

 

 「みぎり」は、「身切理」で、で雫を受け止めた、身ごもり、我が身から切り離して生命が誕生する。

 

 

 以上の語源的解釈から、「左」は、火の理にならい「男・縦・上・先」の位置づけとなります。

 

 「右」は、水の理にならい「女・横・下・後」の位置づけで、自然の摂理に従って社会の秩序を保ったのでしょう。

 

 

 自然の摂理である「火(カ)」と「水(ミ)」の働きは、そのまま「火水(カミ)=神」の計らいと言えるのです。

 

 日本民族は、大自然の中に神の計らいを観てきたはずです。(つづく)

posted by 園長 | 12:47 | 言の葉の世界 | - | - |
禁止語と否定語の反応

 第二幼稚園の年長クラスでは、2月3日の日に家で豆まきをした子が半数以上いたことが週案簿に記録されていて、うれしく思いました。

 

 4日の立春を気持ちよく迎えた方が多かったことでしょう。

 

 5日から旧正月ですから、今日7日が正月3が日の最終日です。

 

 明日2月8日は、事始めです。

 

 

 昨日、1月誕生会のを担任による反省記録(第一幼稚園)を読んでいて、子どもに投げかける言葉の大切さを感じました。

 

 年長担任は、落ち着いた気持のよい会になることを願ってこんな言葉をかけました。

 

 「今日の主役は、〇〇ちゃんだから、みんなはお客さんとしてお誕生日の子が嫌な気持ちにならないよう、ザワザワしたり、ほかの子と遊ばないようにね

 

 この声掛けは、気持ちが高ぶっているのか、子どもたちの心に入りません。

 

 そこで、こう続けました。

 

 「今日先生は、〇〇〇ちゃんのために出し物も用意しているから、〇〇〇ちゃんに喜んでもらえるようにみんなも手伝ってね

 

 この言葉で、自分たちというより、誕生日のお友だちのための会ということが分かったようで、とても気持ちの良い会となりましたと、つづられていました。

 

 

 どちらの言葉も、誕生会を落ち着いた素敵な会にするための配慮として、子どもたちに投げかけた言葉ですが、まったく反応が違います。

 

 

 ここで気づくことは、明らかに禁止語や否定語は心が拒否するようです。

 

 「ダメでしょ」

 

 「やめなさい」

 

 「何グズグズしてるの」

 

 「何やってるの」

 

 ここまでのきつい言葉でなくても、「嫌な」「ザワザワ」「遊ばない」という当たり前に使っている禁止や否定の言葉であっても心が受け付けていないということが分かります。

 

 心が拒否しているために体が動かないようです。

 

 命に係わるとっさの場合は別ですが、子どもだけでなく、大人に言葉をかける場合でも、担任が言い方を変えたように、禁止や否定の言葉を使わない言い回しを意識することで、物事が順調に気持ちよく進んでいくことを思います。

 

 相手が気持ちよく受け入れてくれる言い回しができるのも、日本語の特性だと思います。

 

 日本語を上手に使いたいなと、改めて思う反省文でした。

 

 

posted by 園長 | 10:21 | 園長室だより | - | - |
「豆まきの儀」の大切さ

 無事に両園の節分会を行うことができました。

 

 リアルな鬼の登場しない「節分会」です。

 

 

 追儺(ついな)という中国から伝わってきた疫癘(えきれい)を払う儀式が日本独自の風習として進化したものが節分の「豆まき」です。

 

 「鬼」は、邪気や厄の象徴で、「陰(おん)」に由来します。

 

 「陰(おん)」は、目に見えない気、主に邪気のことを指し、「陰」が転じて「鬼(おに)」となりました。

 

 レオナでは「邪気=心を重くする暗い気持ちが凝り固まったもの」が「鬼」であると理解しているので、リアルな鬼は登場する必要がないのです。

 

 

 節分会で大事なことは、心を暗く重くする邪気を、どう心の中から追い出すかというこの一点にあるのです。

 

 イライラした気持ち

 

 ぐずぐずした気持ち

 

 カリカリした気持ち

 

 もやもやした気持ち

 

 こうした気持ちに支配されていては、立春を控えて活動を開始したい福の神様たちが動き出すことができません。

 

 

 すべての邪気を追い出す方法は、簡単です。

 

 大声を出せばよいのです。

 

 おなかの底から、これ以上出せない力いっぱいの声で「鬼は外」と発したその時の爽快感は、やってみなければわかりません。

 

 日頃、気分が悪くなった時、わめいて発散したいと思っても、環境が許してくれません。

 

 一年間の中で「節分の豆まき」が、唯一の大声を出せるチャンスなのです。

 

 おなかの底から声を発することで、暗く重たく弱弱しい気持ちなどの諸々の気持を吐き出し、退散させることができるのです。

 

 おなかの底が抜けることがベストです。

 

 おなかの底が抜けるとどうなると思います。

 

 底抜けに明るくなるのです。

 

 自然に笑みがこぼれ、笑い声が出てしまうこともあります。

 

 

 こうして「豆まきの儀」をした後の心は、気分一新され、明るくにこやかですがすがしい気分に満たされているのです。

 

 まさに鬼の大嫌いなニッコリ笑顔にあふれ、福の神様も居心地よく活躍してくれます。

 

 

 本来の節分はこれからです。

 

 2月3日の日曜日ですから、子どもたちが持ち帰った、自作の福豆入れのマスを使って、ぜひ気分一新の豆まきに挑戦してみてください。

 

 遠慮してはだめですよ。

 

 おなかの底から諸々の思いを吐き出す意識で大声を出したなら、こんなに気持ちがいいんだということを実感していただけると思います。

 

 何事も「出すが先」です。

 

 呼吸も出す「呼」が先で、入れる「吸」が後です。

 

 鬼を出さなければ、福の神様は入ってくることができません。

 

 

 豆まきの後で、恵方巻をゆっくり味ううちに、各家庭に福笑いが巻き起こることでしょう。

 

 

posted by 園長 | 13:38 | 日本人の心根 | - | - |
稀(まれ)な友人

 本日は、両園ともに第二回の親子広場がありました。

 

 朝の冷え込みはありましたが、穏やかな晴天となり、日差しの暖かな中で本日の会が無事にできたことをうれしく思います。

 

 

 その後、今日はどうしても行っておきたいお酒屋さんに新年になって初めて出かけました。

 

 一つの目的は、「立春朝搾り」の注文をするためです。

 

 「立春朝搾り」とは、立春の朝に搾ったお酒のことです。

 

 これをしているのは、愛知県の酒蔵では、蓬莱泉というより「空」で有名な関谷酒造だけです。

 

 三重県では唯一、若戎(わかえびす)酒造だけと聞きました。

 

 附属中学校下のこの酒屋さんでは、どちらも注文できます。

 

 

 酒屋さんでもらったチラシによれば、立春の朝に搾り、その日のうちにお客様に届けるために、蔵元としては立春の日にお酒が一番良い状態になるように仕込む苦労と、その日のうちにお客様に届けるお酒屋さんの苦労があるようです。

 

 お酒屋さんが蔵元に出かけ、搾りたてのお酒に自らラベルを貼り、神主さんのお祓いを受け、その日のうちにお店に持ち帰り、お客様に提供する、立春の日だけのお酒です。

 

 ここまで読んだだけでも手に入れたくなってしまうでしょ。

 

 平成三十一年己亥(つちのとい)二月四日の特別限定酒ですので、数量に限りがあり、1月27日(日)までの注文受付ですし、締め切り前に完売することもあるようです。

 

 

 どうしても完売前に注文しておきたかったわけは、今上天皇譲位前の平成最後の立春です。

 

 年賀状に「初春」とか「迎春」と書く「春」とは、立春のことです。

 

 まさに邪気払いをして、全国的に気分一新した節分後の、旧元日を5日に迎えるとどめの日と言ってよい、平成最後の立春とその後の正月を祝うための縁起酒となるのです。

 

 さらにいろんなものが重なるもので、4日の立春は「大安」です。

 

 5日の旧元日(正月)は、月は「新月」となります。

 

 そして、平成最後に合わせて、干支は、十二支最後の「亥」となっています。

 

 こうした巡り会わせを考えると、今年の立春朝搾りは、ことさら特別なお酒であることを感じます。

 

 

 お酒屋さんに出かけて行った二つ目の目的は、園長という立場を離れて踏み込んだ話ができる友人だからです。

 

 地位や名誉や肩書、損得にとらわれることなく、酒屋であるにもかかわらず金銭欲などの欲を持たず、思うことをストレートに語る人です。

 

 根っからの善人が災いして、相手かまわず正しいと思うことを口にしてしまうため、誤解されやすいですが、そこが最大の魅力で、彼の魅力を理解した、ほかの人には真似のできない稀有な人脈が彼を応援しています。

 

 私にとっても稀な友人として、出会う時を楽しみにしています。

 

 本日も久しぶりの会話を楽しめました。

 

 楽しいのは、話しているうちにどんどん様々な事実がつながり、話題が思いもよらない方向に発展するだけでなく、今まで記憶の片隅にあったものが時として意識の表面に湧き上がってきたり、語っている自分が驚くほど次々に言葉が浮かんできて饒舌にしゃべっていたりするのです。

 

 でたらめではありませんが、まさに出まかせの会話が成立するひと時で、面白いです。

 

 今日は時間切れとなりましたが、こうした友人がいることは幸せですね。

 

 

posted by 園長 | 19:07 | 日々好日 | - | - |
雪山保育の反省

 新年早々、いろいろな節目がありました。

 

 1月7日の始業式は、五節供の一つ「人日」、一般的には「七草」と言われる日に当たり、朝食に七草粥を食べて3学期がスタートしました。

 

 昨日の1月11日は、雪山保育でした。

 

 「鏡開き」の日に行くことになり、両園ともに10日に鏡割りをしてお汁粉に入れ、イノシシの年神様のエネルギーを身に収めての雪山保育でした。

 

 今年の雪山保育は、初めて第二幼稚園の専用駐車場に観光バスを2台入れるということと、日ごろ渋滞する出勤時間帯に子どもたちを専用駐車場まで連れてきていただくという初めての試みに様々な想定をし、対処するための配慮をしてきました。

 

 まだまだ想定不足や配慮不足もあり、旭高原元気村でのそり滑り中にも初めてのことが続出し、多くの反省がありました。

 

 日ごろ無事に物事が済んでいくことの有り難さを身に染みて感じました。

 

 

 ・渋滞を考えて早く集まっていただくことで待ち時間が長くなり、子どもが再びトイレに行きたくなることの想定が不足していた。

 

 ・専用駐車場から職員室トイレに連れていくには、バスストップからの短距離コースを選択する判断ができなかった。

 

 

 この日は予想外に渋滞もなく、第一幼稚園の一部の子どもを乗せた2号車は、予定より早く第二幼稚園の専用駐車場に到着することができました。

 

 ただし、トイレ待ちのために2号車・3号車15分遅れの第二幼稚園出発となりました。

 

 それでも、合流する香嵐渓に先についた第一幼稚園の1号車の全員がトイレをすました所で到着となったことで、香嵐渓トイレの使用時間が短縮され、元気村に到着した時には、ほぼ予定時間に戻っていました。

 

 ここまでの気遣いや気苦労からほっとする間もなく、開村式を終えて、106人によるそり遊びが順次グループごとにスタートして間もなく、そり滑りの途中で他のそりにぶつかって鼻血を出した子が連れてこられました。

 

 

 ・そりの扱いやスピードのコントロールの仕方がつかめていないスタート直後が危ないという意識が、全職員の共通認識として不足していたかもしれない。

 

 

 衝突してしばらく様子見の子は、今までも時々あったものの、今回は横になりたいと言い、しばらくすると寝込んでしまったこともあり、元気村の事務室に連れていきました。

 

 事務室に二人で抱えていく間に目を覚まし、会話もでき、止血できた鼻に打撲の跡がうっすら出てきたもののそれ以外の傷はないものの、ぐったりして立てないし、頭が痛いということで、病院に連れていくことを決断しました。

 

 元気村の方は、近い病院でも30分はかかるというお話で、救急車を要請しました。

 

 救急車でも10分はかかるという話で、その間に保護者の方への連絡を含め、副園長が付き添う方向で様々な準備をしました。

 

 元気村の事務所の方が電話や無線で救急車とやり取りをしていくうちに、ドクターヘリを出動させていただけることになりました。

 

 ヘリのドクターの判断で、ヘリで病院に向かうことになりましたが、ヘリには家族しか乗れないと言われてしまいました。

 

 そこで、受け入れてくれるならば、家族が合流しやすい岡崎市民病院への搬送という判断をしていただけたと想像します。

 

 元気村の無線には、「岡崎市民病院へ向かいます」との報告が入り、元気村を飛び立ちました。

 

 ・・・・・

 

 その後、負傷した子のお母さんが本人を車に乗せて、幼稚園への帰宅バスの到着時間に合わせて来ていただけたことで、直接様態を聞くことができました。

 

 ヘリに乗った記憶はあるものの、病院につく前に再び眠ってしまったこと。

 

 CTで検査したところ、内出血も骨折もなかったこと。

 

 今も普通に会話できること等々。

 

 連休中は様子見となるようですが、現状大事に至らずに、一安心です。

 

 ・・・・・

 

 その後の各部署への対応も落ち着いてこなすことができました。

 

 

 本日1月12日の付け足しをします。

 

 13日の期間終了までに行きたかった、赤絵で有名な西尾市の画家、斎藤五郎アトリエ展に行ってきました。

 

 ここでも思わぬタイミングの出来事が待っていました。

 

 「あと5分後に、歌手のあべ静江さんがこの会場に訪れて、歌を歌っていただける」という話を斎藤先生が直接伝えてくれました。

 

 予定外のことで、未来は白紙、何が起きるかわかりませんね。

 

 目の前2メートル足らずの場所で、67歳とは思えない伸びのある歌声をお聞きすることができました。

 

 2曲歌っていただいた最後にこの言葉を覚えていってくださいと言われました。

 

 「蛇は水を飲んで毒となし、牛は水を飲んで乳となす」

 

 

 自分は水を飲んで、何を出しているのかな? 

 

 

 

posted by 園長 | 16:47 | 園長室だより | - | - |
新年 おめでとう

 明けましておめでとうございます。

 

 氏神であり、産土神である白鳥神社へ初詣に行ってきました。

 

 只今、心に何もなく、白紙のさわやかさを感じています。

 

 今年一年、生じるものに妥協なく、納得いく努力を続ける覚悟です。

 

 また、「動かなければ、始まらない」を胸に何事にも向き合っていきたいとも思っています。

 

 本年もどうぞ変わらず、お付き合いください。

 

      2019年(己亥・つちのとゐ年) 元旦

posted by 園長 | 08:10 | 園長室だより | - | - |
この一年に感謝

 大晦日の本日も新年を迎える準備で一日が過ぎました。

 

 何とか両幼稚園と自宅の準備が、自分なりの納得をする形で終了できたことにほっとしています。

 

 この時間にパソコンンの前に座っていることも、近年ではまれなことです。

 

 その理由の一つは、年賀状の原稿作りから印刷および、あて名書きをしないできたからです。

 

 新年、新たな気持ちで年頭のあいさつとして取り組みたいと思います。

 

 元日にお届けできないことをお許しくださいね。

 

 

 さて、この一年を思い起こせばと言いたいところですが、具体的な記憶はすでにどこかへ飛んでしまっていて、ただただ、様々な初めてが生じるごとに何とかやり過ごしてきた、綱渡りのような日々だったように思います。

 

 それでも、どの行事も出来事も無事に済んでいったことは、皆様のご理解とご協力、ご支援がなければできなかったことです。

 

 ありがとうございました。

 

 また、様々な助けやお蔭を感じる日々でもありました。

 

 有り難いことでした。

 

 

 いよいよ年変わりして「イノシシ」の登場ですが何度も報道に取り上げられ、来年のイメージを悪くしていますね。

 

 豚コレラ感染拡大の犯人として指名手配され、その捜査範囲は岐阜県から愛知県にも及び、養豚業者は戦々恐々です。

 

 すでに何頭殺処分されたことでしょうか。

 

 

 野生のイノシシに感染が広がっているということで、思うことがあります。

 

 年々人間の免疫力が落ちてきているわけですが、自然界の動物も同様の傾向にあることが明らかとなりました。

 

 人間のように医者へ行ったり、薬を飲んだり、養生したりするわけではないため、今回のような速攻であからさまな姿を見せてくれます。

 

 自然相手なために、どこまで感染が拡大するか、予測が立ちません。

 

 まさに来年に向けて、急性感染症に対する事前の警告のように思います。

 

 鳥インフルエンザに続いての豚コレラ、次はどんなウイルスが猪突猛進で害を及ぼすのか要注意です。

 

 

 我良しに心を奪われた人間たちに、もののけ姫に登場するシシ神が襲いかかってきているようにも想像します。

 

 

 シシ神というと、英雄ヤマトタケルが伊吹山の荒ぶる神の白イノシシを討伐する命を受けたという話が浮かんできます。

 

 勇敢に戦ったものの白イノシシの毒にあたり、命を落としたという神話にも、もののけ姫の映像がよぎります。

 

 新幹線で伊吹山を見るたびに、ここがヤマトタケルの最期の地なんだなと思うとともに、イノシシの怖さを思い出すのです。

 

 

 来年は、命にかかわる物事が急展開で生じる可能性があることを想定して臨みたいと思います。

 

 その上で、国霊を一心に支えて国民の安寧と世界の平安を祈ってきた天皇が譲位されるということは、日本国の屋台骨が変わるということです。

 

 国霊を安定させるまでの間、しばらくの動揺が大地を、日本国を、世界を揺るがせることも想像できます。

 

 消費税も10パーセントに代わります。

 

 保育料無償化も、幼稚園経営にとってはメリットはありません。

 

 それでも、生かされていることに感謝し、自分を信じ、覚悟を持って新年を迎えましょう。

 

 

  

posted by 園長 | 19:30 | 園長室だより | - | - |
2学期末職員全体会

 今学期も無事に終えることができました。

 

 岡崎市内で突然のインフルエンザの流行もあり、両園ともに数名の発症者が出ましたが、感染拡大を防いで乗り切ることができました。

 

 本日の終業式も全員マスク着用での会となりましたが、その効果は明らかにあるようです。

 

 ご協力ありがとうございました。

 

 また、子どもたちもこまめな手洗いうがいに取り組み続けてくれたことも、予防効果があったと思います。

 

 

 ここで、第一幼稚園15名、第二幼稚園16名が一堂に会した2学期末職員全体会でのレジュメを紹介します。

 

 職員全体会は年度や学期の初めと、学期や年度の終わりに行う、全職員の意志統一の場です。

 

 

 『冬至』を明日に控えた本日は、陰極まった太陽の大晦日前日であります。

 

 23日に迫る天皇誕生日は、平成最後の太陽の再生と復活をする年明けの日です。

 

 ただし、今回は、譲位による平成31年5月から始まる、激変前の日の出の太陽の再生と復活のエネルギーを身に受けることになるのです。

 

 陰極まる今、平成の中で積み重ねてしまった不徳を明らかにし、決別するための断捨離(大整理)を実行に移す年末の大掃除の時です。

 

 そして、新天皇即位後にしばらく続くであろう混乱を乗り切るための覚悟を決め、新たな一歩を踏み出す意志を固める節目の時でもあるのです。

 

 とどめは、平成31年2月3日の節分です。

 

 

 ◇ 一年を締め括るにあたり、日々の取り組みを振り返る

 

 1.相手が誰であろうとも、顔を向けてこちらから挨拶し、明るく心を通わせる。

 

 2.無言の清掃に始まり、無言の清掃で締めくくる。

 

 3.一日一生と心得て、精一杯の努力をしたならば、あとはお任せで前を向く。

 

 4.できる限りの事前準備と事後活動をしたならば、生じてきた反省は次に生かす。

 

 5.ネガティブも心配性も生かして最悪を想定し、様々な具体策を講じる。

 

 6.自分を大事にするごとく、他者を大事にする。

 

 7.気になれば、即座にあって言葉を交わす。

 

 8.時間は命と心得、生かされているいのちを大切にする。

 

 9.我良しの自我心は比較を好んで切りがないため、良心の納得を大事にする。

 

 

 ◇ 日本の心を伝える『レオナっこ10の心根』

 

 1.わたしは大切な子どもです。  (自尊感情)

 

 2.自分からあいさつできます。  (礼儀正しさ)

 

 3.うそをつきません。      (正直)

 

 4.自分のことは自分でします。  (勤勉)

 

 5.お片付けもできます。     (清浄心)

 

 6.アリのいのち、花のいのちを大切にします。 (生命慈愛)

 

 7.お父さん、お母さんに喜んでもらいます。  (親孝行)

 

 8.おじいちゃん、おばあちゃんを大事にします。(先祖供養)

 

 9.友だちが大好きです。     (友愛)

 

10.わたしの心は日の出の太陽です。(祖国愛)

 

 上記10の心根は、幼児のためだけのものではなく、日本人の心に一生根差して生活の規範となるものであることを再度先生方に伝えました。

 

 明日は、土曜日ではありますが、年度末の大掃除です。

 

 それでは、おやすみなさい。

 

 

   

 

 

posted by 園長 | 23:32 | 園長室だより | - | - |